東洋の歴史Ⅰ

テスト問題

2013/10

① 〇か×かで答えよ

1 殷代の末ごろ、鉄製農具が出現したため、農業生産が大いに高まった。

2 儒家は各人が身を修め家を斉えて社会に及ぼせば、治国平天下を致すことができると考えた。

3 仏教は後漢の中葉に伝えられ、三国時代にはすでに訳経や造寺が行われるが、はじめは老荘の思想で仏教が説かれたという。

4 魏晋の文学、芸術に自然を味わおうとする風潮が強いことと、当時流行した清談と関係は薄い。

5 南北朝時代南朝の特徴は門閥が世族、勢門などと呼ばれ、権力を確立した。

6 隋代に科挙の試験制度が導入されてより、官吏の任用はすべて選挙の制度によって行われた。

7 唐の中央官制は中書、門下、尚書の三省からなり、今で言う立法・司法・行政の三権分立の形だった。

8 宋が君主独裁の中央集権を樹立することができたのは、官吏の採用を科挙とは別に皇帝が直接に皇帝の信用できる部下を採用したからである。

9 元はモンゴル至上主義で中国に君臨した。つまり、モンゴル人、色目人、漢人、南人と民族的な身分制度をつくり、漢民族を南人と呼び、最下級に置いたのである。

10 明は官僚勢力の発展をおさえるため中書省を廃すなど、中央地方ともに三権分立体制をととのえた


② 

1秦は都を「   」に置き、中央集権制度をとって、「   」を廃して「   」制度をとった。
2漢は秦の政策をついで中央集権の確立をはかったが、政治的には「   」制度を採用した。
3三国時代の魏は、荒廃した土地を国有として、流民に開墾させる「    」を行った。この制度は後の晋の占田・課田の制、北魏における「   」に影響を与えた。
4唐は玄宗の時「   」をおいた。その兵士は「   」により採用された。
5明は思想学問は「   」を官学として、科挙制度を行い、地方行政に関しては、州県の補助機構として「   」をもうけた。


③ 次の語句の説明をせよ

「古文復興」
「両税制」

レポート


  • 最終更新:2014-09-04 17:53:57

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